子育てとは何だろう?
子育てとは、何だろうか? あなたなら、どう定義するだろうか。
子どもが生まれる前、生まれた直後、そして今… 私の中でその答えは変わり続けてきた。
そして離婚して2年。 今の私の中にある結論は、極めて明確だ。
「モノの本質や価値がわかる人間に育てること」
これが、私の子育てのゴールだ。
わたしが子育てで一番大事だと思うこと
私が今、子育てで最も重視しているのは、学力でも運動能力でもない。
もちろんそれらも大切だが、もっと根本的な「OS(基礎)」が必要だと考えている。
それは、「価値の目利きができること」だ。
- 何が良いものなのか
- 何が長く使える本物なのか
- 何が「それっぽい」だけのフェイクなのか
- 何にお金と時間を投資すべきなのか
情報が溢れ、AIが台頭するこれからの時代。
「正解」を選ばされるのではなく、「価値」を見極めて選ぶ力がないと、人生の主導権は握れない。
少なくとも、私はそう確信している。
家事は「作業」か、それとも「文化」か
これは綺麗ごとでは済まない話だが、
この価値観の違いこそが、私が離婚に至った最大の要因だった。
元妻が子どもを愛していなかったわけではない。
ただ、「家庭運営」の価値観が決定的に違ったのだ。
その違いは、日々の家事の扱いに最も顕著に表れた。
炊事、洗濯、掃除、片づけ。 子育ての現場は、地味な繰り返しタスクでできている。
ここを、 「ただの作業」「できればやりたくない義務」と捉えるのか。
それとも、
「家庭の質を作る行為」「子どもに価値判断を伝える行為」と捉えるのか。
この差は、想像以上に大きい。
私にとって家事は、単なるタスク処理ではない。
「家の文化を作る行為」だ。
家の中にある「当たり前」の基準は、そのまま子どもの価値観になる。
だからこそ、家事を「ただの作業」にして消耗戦にしてはいけない。
家庭をどう設計し、どう運営するか。
そこには、ビジネス同様に戦略が必要なのだ。
わたしが子育てに必要だと思う2つの原則
家庭運営において、私が徹底している原則は2つある。
①質を維持するなら、手間は極限まで減らす
家事は永遠に続く。だから「根性で維持する品質」は設計ミスだ。
品質を落とさずに回すには、手間を軽くする工夫(仕組み化)が不可欠だ。
②質を向上させるなら、最小限の手間で実現させる
質を上げるために、手間を増やしてはいけない。
それは継続しないからだ。
目指すべきは「質を上げつつ、手間は減らす」こと。
そのために必要なのは、努力の量ではない。
「自動化」「高速化」「外注化」というビジネス視点の導入だ。
私は、スマート家電や家事代行サービスを積極的に使う。
それは「楽をするため」ではなく、「価値ある時間を確保するため」の投資だ。
「なぜ“それを”やるのか」を説明できる親でありたい
私が子どもに身につけてほしいのは、自分自身で考え、価値を理解する力だ。
そのためには、親である私自身が、
「なぜ“それを”やるのか」を論理的に説明できなければならない。
「みんながやってるから」 「昔からそうだから」
そんな思考停止した理由は、我が家には存在しない。
親の行動一つひとつに理由があり、戦略がある。
その背中を見せることこそが、子どもへの最大の教育だと信じている。
『あえて、父子家庭』
シングル家庭につきまとう、ネガティブなイメージ。 時間が足りない、余裕がない、かわいそう…
だが、私はその見方に違和感しかない。
本当に重要なのは「家庭の形(人数)」ではなく、「子どもにどんな価値を提供できているか」だ。
私は確信している。
戦略を持ったシングル親の子育ては、両親が揃っている家庭の凡庸な子育てに勝ると。
- 夫婦間の不和という「最大のノイズ」が存在しない
- 意思決定が一人に集約されるため、判断と行動が速い
- 方針の一貫性が保たれ、教育にブレが生じない
この「機動力」と「一貫性」を最大限に活かせばいい。 片親であることをハンディキャップにするのではなく、強みに変えるのだ。
私は戦略的に、そして確信を持って、この道を選んでいる。
だから、『あえて、父子家庭』なのだ。